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福岡地方裁判所小倉支部 昭和41年(ワ)642号 判決

原告 山田ミツ子

右訴訟代理人弁護士 山口伊左衛門

被告 昭和タクシー有限会社

右代表者代表取締役 石井皎

右訴訟代理人弁護士 大家国夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し、金一五〇万円およびこれに対する本訴状送達の翌日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、次のとおり述べた。

一(本件事故)

訴外安部又夫は、被告会社の自動車運転手として勤務しているものであるが、昭和四一年七月三日午前零時一〇分頃被告会社所有の普通乗用自動車(北九州五あ八八九号)(以下「本件自動車」と略称)を運転し、北九州市門司区日の出町四丁目先道路を同町三丁目方向から同町五丁目方向に向って進行中、進路前方の道路を右側から左側に横断中の訴外谷田一雄に自己運転の車を激突させて同訴外人をその場に転倒させ、同人に全身打撲、右下腿骨折前頭部打撲等の傷害を負わせた。同訴外人は同日午後零時二五分頃北九州市立社会保険病院において、右傷害に基づき死亡した。

二(被告の責任)

被告会社は、本件自動車の所有者であり、自己のために右自動車を運行の用に供していたものであり、本件事故は、訴外安部又夫が右自動車を運転して被告会社の業務に従事中発生したものであるから、自動車損害賠償保障法第三条により、原告の後記損害を賠償する義務がある。

三(原告の損害)

慰謝料金一五〇万円

原告は昭和二〇年一一月頃から訴外谷田一雄と内縁関係に入り、事実上の夫婦として、同居生活を営んできた。右内縁関係に入った当時、同訴人の妻雪子は既に長女花子(養女)を同訴外人の許に残したまま別居していたので原告が右花子を養育し同訴外人と事実上の夫婦生活を続けてきたものである。右雪子は昭和四一年五月一五日死亡したが、同女は訴外谷田一雄と別居して以来二〇数年を経過し、事実上の夫婦関係はなく、他方原告は右のとおり同訴外人の事実上の妻として、同訴外人が本件事故により死亡するまで夫婦共同生活を送ってきたものであるから、本件事故によって同訴外人が死亡したことにより、原告の受けた精神的苦痛は甚大であり、その損害額は金一五〇万円が相当である。

四 よって、原告は、被告に対し、本件事故による慰藉料金一五〇万円およびこれに対する本訴状送達の翌日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、次のとおり述べた。

請求原因第一、二項の事実は認める。

請求原因第三項の事実中、訴外谷田一雄の妻雪子が昭和四一年五月死亡したことは認めるが、その余の事実は否認する。

原告と訴外谷田一雄は単に同居していただけで内縁の夫婦ではない。訴外谷田一雄は生活保護を受給して生活し、原告と相互に扶養し合う関係になかったものである。仮に、原告と訴外谷田一雄とが事実上の夫婦関係にあったとしても、同訴外人には妻雪子がおり、同女は昭和四一年五月死亡しているので、同訴外人が本件事故により死亡する二箇月前まで法律上の妻が存在していたことになる。従って原告と同訴外人との関係は一夫一妻の法秩序を破壊するもので、原告を内縁の妻として法律で保護するに価いしないものである。

抗弁として、次のとおり述べた。

一、本件事故発生につき、被告および被告使用の運転者訴外安部又夫は、本件自動車の運行に関し注意を怠らなかったし被害者である訴外谷田一雄に過失があったから、被告は、本件事故による損害賠償の責任はない。

二、仮に、本件事故につき被告にその責任があるとしても、訴外谷田一雄にも過失がある。すなわち、同訴外人は、本件事故当時七八才の老人であり、深夜雨の中を傘をさして、横断歩道でない地点を、道路の安全を確認せず漫然と横断を開始し、本件自動車を発見するや、道路上に立ちどまり、衝突を避けようとする本件自動車の進路に突然飛び出したため、本件事故が発生したものである。従って、損害の算定に当り、右訴外人の右過失を斟酌すべきである。

三、原告は、自賠法により、訴外東京海上火災保険株式会社から保険金五〇万円を本件事故による慰藉料として受領しているから、原告の損害は右保険金により既に補填されている。

原告訴訟代理人は、右抗弁第一、二の事実は否認する。第三の事実中被告主張金額の保険金を受領したことは認めると述べた。

証拠≪省略≫

理由

一、(本件事故の態様)

訴外安部又夫は、被告会社の自動車運転手として勤務していること、同訴外人は、昭和四一年七月三日午前零時一〇分頃本件自動車を運転し、北九州市門司区日の出町四丁目先道路を同町三丁目方向から同町五丁目方向に向って進行中、同所の道路を右側から左側に横断中の訴外谷田一雄に本件自動車を激突させ、同訴外人をその場に転倒させたこと、同訴外人は、このため全身打撲、右下腿骨折、前頭部打撲等の傷害を受け、同日午後零時二五分頃北九州市立社会保険病院で、右傷害に基づき死亡したことは当事者間に争いがない。

二、(被告の責任)

被告会社は、本件自動車の所有者であり、自己のために右自動車を運行の用に供していたこと、本件事故は、訴外安部又夫が右自動車を運転して被告会社の業務に従事中発生したものであることは、当事者間に争いがない。

被告は、本件事故発生につき、被告および運転者訴外安部又夫に過失がない旨主張するが本件全証拠を検討してもこれを認めるに足りる証拠がないから、その余の点について判断するまでもなく本件事故による損害賠償責任の免責の主張は採用できない。

そうすると、被告は、自賠法第三条により、原告の後記損害について賠償すべき責任がある。

三、(原告の損害)

≪証拠省略≫によると、原告は、昭和二〇年一一月頃から訴外亡谷田一雄と同棲し、その後同訴外人が本件事故により昭和四一年七月三日死亡するまで事実上の結婚生活を続けていたこと、同訴外人は原告と同棲する以前から妻雪子と別居していたが原告と同棲し事実上の結婚生活に入った後も正式に離婚することなく別居生活を続けていたが、全く連絡を絶っていたこと、原告は昭和二四年頃同訴外人には戸籍上妻雪子がいることを知ったが、同訴外人と共同生活を続け、同訴外人の養女花子(昭和一一年一〇月三一日生)の養育に当ってきたこと、同訴外人は明治二一年五月一日生で原告と同棲するようになってから、旅役者の生活をやめ、その後は、原告が日雇人夫などして働き、その収入で原告ら三人の生活をまかなってきたが、本件事故当時原告の収入の不足分につき同訴外人は生活保護を受けていたことがそれぞれ認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定の事実に、訴外亡谷田一雄の妻雪子が昭和四一年五月死亡したことは当事者間に争いのない事実を併せ考えると、本件事故発生の約二ヵ月前までは、同訴外人の妻雪子が生存していたのであるから、その生存中原告と同訴外人との共同生活はいわゆる重婚的内縁関係にあったと言わざるを得ないが右雪子は、生存中同訴外人と全く連絡を絶ち二〇年来別居中であり、法律上の夫婦であると言っても全く形骸化した状態であるのに対し、原告は同訴外人と二〇年来事実上の結婚生活を続けその間、その養女を養育してきたのであるから、同訴外人が本件事故により死亡したことによって受ける悲しみは、通常妻の受ける悲しみと変りなく、また、本件事故発生当時右雪子は既に死亡しているのであるからこのような特別の事情の下では原告は同訴外人の死亡に対し、いわゆる内縁の妻として民法第七一一条に規定する配偶者に準じて同条により慰藉料の請求権を有するものと解すべきである。

そこで、前記認定の原告と訴外亡谷田一雄との内縁関係の経過期間、一時重婚的内縁関係にあった事情原告が長年同訴外人を扶養してきた事情、同訴外人の本件事故当時の年令(七八才)収入状況等諸般の事情を考慮すると、原告が本件事故によって受けた精神的苦痛による損害は金四〇万円が相当である。

なお、被告は、本件事故発生につき、訴外亡谷田一雄にも過失があるから、慰藉料の算定に当って、その過失を斟酌すべきである旨主張するが同訴外人の過失については、証人安部又夫の証言以外これを認めるに足りる証拠がなく、≪証拠判断省略≫右主張は採用できず、前記認定の慰藉料額が相当である。

四、以上のとおり、原告は本件事故により、被告に対し慰藉料金四〇万円の損害賠償を請求し得るところ、原告が自賠法により保険会社から慰藉料として金五〇万円を既に受領していることは当事者間に争いがないから、結局原告の右損害は既に補填されていることは明らかである。

そうすると、原告の本訴請求は、理由がないことに帰するからこれを失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 田崎文夫)

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